S学会の両親の子どもあるある


昨日の夜、宗教の電子書籍が
仕上がりました↓

タイトルは↓
S学会三世の私が伝えたい教団の真実

はっきりした固有名詞は出さずに
S学会としてますが、おそらく皆さん
どこかは、お判りかと思います。

著者の藍(あい)さんは
祖父母の代からS学会を信仰している
両親の下に生まれ育ったS学会3世です。

藍(あい)さんにとって
S学会は身近にあり、当たり前の
日常でしたが、友人や周りの方には、
宗教の事を隠しながら生きてきました。

今回は電子書籍の一部
宗教家の両親の子どもあるあるを
3つ抜粋して下記に紹介します。

1超恥ずかしい家に貼ってた党のポスター

幼少期は仏壇が家にあることが当たり前に
思っていました。遊びに来ていた無宗教の
友達と仏壇で遊んだり一緒にお経を唱えたり
無邪気に宗教のことを話していました。
友達も楽しそうに一緒に遊んでいました。

小学生ぐらいまでは、仲良くしていた子と
急に遊ばなくなったりしました。

当時は何も気付きませんでしたが私の親が
友達の親にS学会の事を広めようとした所、
快く思わず遊ばせなかったこともみたいです。

後から真実を知ったりしました。今でしたら
その気持ちも良く分るので、仕方ないのかも
しれません。

活動家の家には、ある党のポスターが張って
あります。物心ついた時には当たりだったので
何とも思っていませんでした。

しかし思春期になると強調しているようで
恥ずかしかったのを覚えています。宗教の事を
言っていない友達には、家を案内するのを
躊躇する時代もありました。

2昔は神社への参拝もお守り購入も禁止

今は寛容になってきていますが私の親世代は
お寺や神社の鳥居をくぐり中に入るのを、
良く思っていません。

行かなければならない時も、鳥居を潜らず
外で待っていたり避けて入っていたそうです。
他にも同じような方が居ると、S学会の
ことをお互いカミングアウトし合うそうです。

お守りを買うことも禁止されていました。
兄が中学の修学旅行で京都に行き、お土産で
お守りを持って帰ってきました。それを
見つけた母が物凄い勢で怒っていたのを見て、
私も守らなければと学びました。

高校を卒業するまでは、お寺や神社に行く
機会がなかったので、私の中で忘れかけて
いました。

高校を卒業し色々出掛けるようになった
頃には、お寺や神社に行く機会が増えました。
私は雰囲気が好きで出掛けた先に有名な
所があると、パワーをもらいに行ってます。

専門学校を卒業間近に授業の一環で、近くの
神社に参拝に行き、お守りを購入する行事が
ありました。その時初めてお守りを購入した
のですが、悪いことをしている気持ちになり
ました。

母に怒られた兄の姿が頭を過ぎったからです。
そのお守りは見つからないように大事に隠し
持っていました。この気持ちになったのは
この時までで、今は罪悪感無く普通にお守りを
持ち歩いています。

今現在は家の近所にお寺があり、お散歩がてら
気軽に行きますし、日頃のお礼を言いに
参拝します。これまでの出来事で、何でも
否定せず寛容でありたいと考えが変わりました。

3宗教活動に熱心な家で育つと放置子に

全員に当てはまる訳ではないですが活動に
熱心な家で育つと寂しい思いもします。
集まりがない日でも、親はS学会の会員の
家に家庭訪問をしたり、連絡しあったり、
朝の新聞配達をしている方も居ます。

私の母もしていました。座談会等の準備も
するので時間に追われて、あまり話を
聞いてもらった記憶がありません。
私はそれが寂しく、普段から構って
ほしかったです。

もちろん家族を優先に、大切にされて
いる方も居ます。同じように寂しい思いを
したという話を、S学会の仲間や別の
宗教の方から聞いた事があります。

そして私は寂しさから放置子に。
今振り返ると、構って欲しくて大人に
アピールしたり、近所の子や友達の家に
行きたがりました。迷惑な子どもだったと
今でも反省し水に流したい過去でもあります。

子を持つ親として、迷惑な子どもだったと
気付かされました。全員が同じ思いしている
訳ではないですが、ゆっくり話を聞いて
欲しかったです。思春期なのもあって、
親に素直になれず反抗ばかりしていました。

誤解されないよう書いておこうと思いますが、
母は休みの度に私達兄弟を遊びに連れて
行ってくれました。忙しい合間に、
公園やプール、遊園地など沢山レジャーに
連れだしてくれました。

充分子どもとの時間も大切にしてくれて
いたのかもしれませんが、私には
物足りなさを感じていたようです。